トップ » 特集一覧 » 「あなただけの特別な時間」 總持寺で禅一日体験(1)
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「ゆとりをもった生活をしたい!」と考えながら、日々の忙しさに追われている方も多いのではないでしょうか。今回は、普段とちょっと違う、自分と向き合う時間を体験できる、禅体験講座を取材してきました。 取材に訪れたのは鶴見大学。鶴見大学は、曹洞宗の大本山 總持寺が設立した大学で、「大覚円成」「報恩行持」を建学の精神とし、禅の精神を生かした心の教育を実践しています。 日本人は「信心深さを失った」と言われ、久しい昨今。700年の歴史を持つ曹洞宗の大本山 總持寺で、坐禅だけでなく、美味しい精進料理などを楽しめます。普段の生活から少し離れた「あなただけの時間」を味わえる、禅一日体験講座をご紹介します。 |
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主 催:鶴見大学生涯学習センター 日 時:2009年6月26日(金)10:00〜16:00 講座名:大本山總持寺の禅を体験しよう-禅修行の生活で自己を見つめる- |
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| 【講師プロフィール】 |
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氏名:花和浩明(はなわ こうめい) 肩書:大本山總持寺布教師 茨城県生まれ。駒澤大学大学院修士課程中途退学。大本山總持寺安居修行、茨城県曹洞宗青年会会長等を経験し、現職。曹洞宗龍心寺住職。 |
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大きな「三門」をくぐり、受付けの「香積台(こうしゃくだい)」と言われる建物へ入ると、粛々とした雰囲気が漂います。 黒光りするほど磨かれた床、白い漆喰に黒く太い梁、高い天井、黒衣(こくえ)に身を包んだ僧侶、お線香の香り・・・。 きりりとした空気が、凛とした静寂とともに寺の厳格さを伝えます。 總持寺は、福井県にある永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山。16万坪の敷地に、寺院内の廊下総延長は、なんと800mもあるそうです。そこに150名もの修行僧が暮らしています。その修行は、永平寺のそれと肩を並べる厳しさと言われます。 |
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まず、私たちの目をひいたのが雑巾がけ。修行僧は800mもある廊下を一気に磨き上げます。 ドッドッド〜!バタバタバタ〜! ドッドッド〜!バタバタバタ〜! 雑巾を手にした修行僧が次から次へと、全力疾走で廊下を駆け抜けていきます。掃除の途中で休めるのは、雑巾を濯ぐために置かれたバケツがあるところのみ。 目の前を弾丸のように走り抜けていく様子は、ロケット花火が順々に飛んでいくようでもあり、修行の迫力が伝わってきます! |
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「香積台」から中廊下を通り、写経の場「祥雲閣」へ。静々と廊下を歩いていくと、その歩き方に、最初の注意がピシャリ! 廊下を歩く時は、左手の親指を中に折り拳をつくり、その左手を右手で包み、胸元に置く「叉手(しゃしゅ)」と言われる姿勢で歩くのが基本だそうです。 さて、写経の説明が終わると、さっそく「般若心経」の写経に。ところが、筆は思うように動かず焦るばかり。でも、なんとか書き上げられ、思わず、ふぅ〜っ。 ため息が出ました(笑) 最後に皆さんで一緒に般若心経を唱え、書いた写経を願目とともに花和老師が読み上げてくださり、合掌。 |
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写経の次は、總持寺内の諸堂拝観。 黒衣(こくえ)を身にまとった修行僧が、ていねいに説明をしてくれます。 初めて寺に入った修行僧の中には、堂内があまりに広いため、迷い子になってしまう僧もいるとか・・・。 16万坪もある敷地だけに、建物や部屋の位置を理解するだけでも、たしかに大変です。 それから、廊下の隅々には、鐘が吊るされています。これは私語や大声を控えるため、鐘を連絡や合図としているそうです。 無駄のない厳然とした生活が浮かんできます。 |
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また、修行僧として、いったん寺へ修行に入ると外出はもとより、電話も、手紙すら100日目を過ぎるまでは一切駄目。もちろんテレビなんてものはなし。 「禁足(きんそく)」という身をつつしみ修行する規則があるそうです。 そのほか、たとえば、百間廊下と言われる長い廊下があるのですが、この廊下は、先輩和尚さんと一緒でないと渡ることができないそうです。 また、「頭鉢(ずはつ)※1」と言われる、ご飯を食べるためのお茶碗が修行僧一人一人に与えられるのですが、もし万が一これを割ってしまったら「寺を出て行け!」と言われても仕方ない・・・など。 ※1 頭鉢は、応量器といわれる5つセットになったもののうち、一番外の大きな器のこと。仏様の頭のように丁寧に扱われます。応量器は入山するときに修行僧全員が持っていきます。 そんな厳しく定められた規律の下に、修行生活が行なわれているようです。 修行僧の一日は、朝4時起床ではじまり21時まで、掃除や坐禅、様々な行事が休む間もなく続くそうです。 |
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なお、修行僧の食事は、朝はお粥、昼夜は一汁二菜のみ。 ただ、最近、保健所から修行僧の栄養不足を指摘されたこともあったとか・・・。 現代における修行は、信仰の側面と人としての最低限の保障というのでしょうか、社会との折り合いをつけなければならない面もあるのかな、そう思うと、ちょっと興味深い、修行僧のお話でした。 |
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煮もの、揚げもの、酢のもの、ゴマ豆腐、汁ものなどなど。ヘルシーで美味しそうな料理が膳に並びます。 「いただきま〜す」の合掌前に、つい箸が伸びてしまいそう。そんな気持ちをぐっと我慢。写真をパシャ!パシャ! あちらこちらから「へぇ〜」「ほぅ〜」といった感嘆の声があがります。 |
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「食事とは、生物の命をいただいて、それを自分の命に代える。 だからこそ、食べ物は大切なものであり、ムダにはできないものなのです」 花和老師は、食について俯瞰(ふかん)しながら、飽食の現代社会へ警鐘を鳴らします。 |
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ご飯茶碗の持ち方(「けいはつ」と言うそうです)から箸の置き方、食器蓋の取り方・その片付け方まで、精進料理には細部にわたる、こと細かい作法があります。 でも、それは、食べ物やそれを作る人々への感謝の念、あるいは料理を作る人、食べる人への想いなど、「日常のすべてが修業」といわれる理由が、そこにはこめられているのだと、気づかされます。 野菜のうまみを利用した美味しい料理に舌鼓をうちながら「食」へのあり方を考えさせられた精進料理でした。 |
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次は、いざ坐禅体験! ただ座るだけと思いきや意外な発見が?! |